岡山県内でもこんなに違う?知っておきたい地域特有の風習|赤磐地区編

〈この記事の要約〉
- 現在でも形を変えて残り続ける風習があります
- 昔ながらの風習にはさまざまな意味が込められています
- 葬儀は地域にとっての一大行事でもありました
20代から60代と、私はこれまで数多くのご葬儀に携わらせていただきました。今と昔、春夏秋冬と、さまざまなご葬儀が光景が目に浮かびます。特に昔は、私たち葬儀会社と地域の方々との距離が近く、ご近所さんのような気安さで接していただいていました。私自身も、周囲から「昨日会った人が今日には親友」と言われるほど誰とでもすぐに打ち解けられる性格から、おかげさまで今でも地域の皆さんからよくお声がけいただきます。
そこで今回は、あかいわホール・丸山が、赤磐地区に今も残る風習を紹介するとともに、昔懐かしい地域の風習を振り返ります。
この道40年。ベテラン担当者が見る‟風習の今昔“
あの世との境を示す「四本幡(しほんばた)」

赤磐地区で今でも見られる葬具の一つに「四本幡」があります。お寺さんが「南妙法蓮華経」などの語句を書きしたためた短冊状の紙に、竿を付けた「のぼり」のようなもの。写真のように短冊は独特の形状で、昔は私たち葬儀会社が実際に紙を切っていました。今でも私たちがご用意します。土葬の際に、棺の四隅にその幡を立てるんです。故人を弔う、冥福を祈るといった意味合いのほか、あの世との境界線を示す結界のような役割もあります。埋葬時には竿から紙をはずし棺に納めます。

土葬から火葬へ、自宅葬からホール葬へと移り変わった今でも四本幡は健在です。現在では幡を立てずに、棺の上に安置。お別れの際に、故人の胸元へ紙を据え、棺を閉めて火葬をします。岡山県内でもめずらしく、赤磐以外ではあまり見かけない風習です。
六地蔵さまに代わって墓を見守る「立て札」
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お寺さんによっては、「立て札」を用意してくださいといわれる地域があります。お墓の入り口あたりに立てる看板状のもので、六地蔵さまのように、お墓までの道標やお墓を見守るといった意味合いをもちます。



昔は、葬儀をするたびに、お地蔵さまを建てていましたが、あまりにも大変なので立て札にしています。
札には「六道(ろくどう)」(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天井)の文言が書かれた紙を貼り、手前に6本のロウソクを立てます。「故人を良きところに導いでください」という願いも込められています。昔は、葬儀があるたびに町内の人が札を立てに行き、朽ちるまで置いていたので、何十本もの札が林立していました。今では見かけることは少なくなりましたが、先日の赤磐地区でのご葬儀では、変わらずご準備をされていました。
周囲に死を知らせ、悲しみを分かち合う「葬列」


自宅葬の際、岡山でよく行われたのが「葬列」の儀式です。土葬の時代はお墓まで、火葬に変わってからは霊柩車まで、故人のご家族と町内の方が列を成し共に歩きます。
行列の先頭では、町内の方が竹に付けた松明(たいまつ)を掲げ、あとに続く人の足元を照らす。懐中電灯がなかった時代の名残ですね。後ろには、先ほどお話した四本幡のほか、竹竿に付けた提灯や天蓋など、さまざまな装具を手にしたご家族、町内の方々が続きます。棺もまた縄で竹竿に縛り付け、四人ほどで担ぎいでいきます。昔の映画や時代劇などで目にする光景ですが、20年くらい前まではまだあったんです。周りに死を告知し、弔うという意味合いがありました。



地元の高齢の方々とお話しすると、「昔はよくやってたなあ」と懐かしく思い出すこともあります。松明って本当に重くて、二人がかりで持つんですが、長い距離を歩くので、真夏などは特に大変で、参列者が救急車で運ばれることも。時々、火が枯草に燃え移るなんてこともありました。
昔の葬儀は町内の人たちが集う場


昔の自宅葬はご家族よりも、町内の方々が取り仕切るというのが当たり前でした。葬儀といえば、欠かせないのが朝昼夜の食事の支度。だいたい町内の高齢の方が先導するので、若い方には味が薄すぎるというのがよくある話題の一つ。多くの人が集まり、葬儀といえどもどことなくにぎやかな印象でした。どの家庭も2~3日は仕事を休み、町内総出といった様相で、葬儀ごとに役割当番を務めます。



食事当番のほか、土葬の時代には穴掘り当番などもありました。お弁当とお酒持参でお墓へ行き穴を掘り、お墓で共にご飯を食べる。懐かしいです。
穴掘り当番はなくなりましたが、今でも町内の方が火葬場へついていくということはあります。町を代表して最後の見送りをするという形です。お別れのあと、ご家族は自宅に、町内の方はコミュニティハウスに集い、みんなで食事をする。昔はそういった時間を皆さん大切にされていました。ホール葬が主流の現在では、食事の習慣自体がなくなってきているのが現状です。町内の方が集う機会がなくなり、寂しくなったなという声を耳にします。
あかいわホールから皆さまへ
葬儀のかたちは変われど、故人を思う気持ちは変わらない
この40年で葬儀のかたちはずいぶん変化しました。けれど、私自身の故人やご家族へ思い、ご葬儀への向き合い方は何一つ変わりありません。私が今でも大切にしているのは、葬儀会社をしていた義父の言葉です。「境遇や肩書きによって葬儀の規模は違っても、送る気持ちは同じ。その気持ちだけは忘れないでな」。今でも胸に刻まれている言葉であり、私の信条でもあります。
そのうえで、私にとって何よりうれしいのはお客さまからいただく「ありがとう」。これまでもこれからも、人と人とのつながりを一番に、陰ひなたなくお客さまと向き合い続けていきたいと思っています。
岡山県内に13ホールを展開している「さくら祭典」では、地域の風習を理解した地元出身のスタッフが、あらゆる角度からご提案させていただきます。葬儀の風習やしきたりに不安を感じたら、お気軽にご相談ください。
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